「賃貸経営と言うと聞こえが良いけど、管理が大変なのよね」これは私が「アパート経営されていて、家賃収入が入ってくるなんて羨ましいわ」と言ったことに対して返ってきた言葉だった。「入金とか契約なんかは管理会社にお願いしているから良いんだけれど、家が近いのでちょっとしたメンテナンスは自分たちでやるようにしているんだけど」そう言って、彼女は深くため息をついた。
「うちは結構長期で住んでくれている人が多いからいいけど、更新料とかを毎回取るようだと出て行く人多いみたいだし、クレームもそれなりにあるみたい。うちは駅から少し歩くし木造のアパートだから、更新料は取っていないの。空室になるのはイヤだし」彼女が所有するアパートは駅から歩くといってもわずかな距離だし、スーパーや公園もそばにあって良い立地だと思っていたけど。
「今は賃貸も競争が激しいから大変なのよ」と愚痴をこぼす彼女だけれど、私は知っていた。毎朝アパートの周囲をきれいに掃除して歩き、ゴミ置き場が汚いといっては足を運ぶ。長く住んでいる顔なじみの健康を気遣い、時にお惣菜の差し入れをしたりする。独り住まいのお婆ちゃんの話し相手になることもある。そういう彼女に惹かれて、ずっと住み続けている入居者が少なくはないということを。
私の友人も、そんな彼女のファンの1人だった。彼女は独身の単身者だから、他に誰も頼る者はいない。ある朝出勤してから玄関のカギを閉めたかどうかどうしても気になって、ダメ元で大家である彼女のところに連絡を入れたのだという。彼女はすぐに確認して結果を報せてくれたそうだ。その夕方お礼に大家さんを訪ねたら、女同士困ったことがあったら助け合いましょうと言われたと喜んでいた。だから彼女のアパートが空室に苦しむことはないだろう。築年数や家賃以外にも、人が住まいを選ぶ時のベンチマークにするものはあるのだ。